大学時代最後の論文は、、、やはり「肝芽腫と肝移植」に関する論文でした。
論文執筆は大学の人間にとって非常に大事な仕事です。自分の研究成果をまとめて世に問うたり、様々な研究発表に解説を加えて論評・紹介などを行うわけです。「院長紹介」の「業績」を見ると、僕の筆頭著者論文は英文で10篇、日本語で17篇となっています。う。。たったこれだけ?19年の大学生活でもっとたくさん書いてきたような気がしますが気のせいなんですね。ちょっと情けないです。でも、言い訳すれば、インパクト・ファクターの109.541は44歳(大学退職時)以下の日本の小児外科医ではほぼトップ・ランクだと思います(量より質と言いたいわけですね)。ひとつひとつの論文が僕にとって非常に貴重な論文なのですが、個人的なマイ・ベストは実は僕が筆頭著者を務めた論文ではありません。北海道大学・佐々木教授の「Sasaki F, Matsunaga T, Iwafuchi M, Hayashi Y, Ohkawa H, Ohira M, Okamatsu T, Sugito T, Tsuchida Y, Toyosaka A, Nagahara N, Nishihira H, Hata Y, Uchino J, Misugi K, Ohnuma N. Outcome of hepatoblastoma treated with the JPLT-1 (Japanese Study Group for Pediatric Liver Tumor) Protocol-1: A report from the Japanese Study Group for Pediatric Liver Tumor. J Pediatr Surg. 2002 Jun;37(6):851-6.」です。この論文が世界に発表されたことで、日本の小児肝がんの成績は・・・、と必ずどの論文にも引用されるようになりました。つまり個人的にはこの論文の引用率(インパクト・ファクターそのものですよね)が一番高いのです。日本では、三大腫瘍のうち小児肝がんがもっとも臨床研究のまとまった成績の発表が遅れていましたから、この論文で世界の仲間入りを果たしたわけです。大学退職寸前に書いた論文も、小児肝がんと肝移植に関するものでした。これは上記の日本語17篇にはカウントしてません。この論文はけっこう、大事なことが書いてあります。2006年から数年の間、もしくはそれ以上の期間にわたって読む価値があると考えますので、以下に採録しましょう。短い論文ですので、この分野に関係するドクターはぜひ、一読を。

難治性肝芽腫の肝移植の適応は
松永正訓 菱木知郎(千葉大学小児外科)

[序論] 肝部分切除の不可能な肝芽腫症例に対する腫瘍完全切除の手段として、肝移植が有用、治癒的、かつ必要な選択肢であることが、近年のSIOPEL(国際小児がん学会小児肝癌グループ)をはじめとする各国での経験から明らかになってきている1-3)。我が国でも京都大学移植外科が生体肝移植による優れた成績を報告している4)。しかしながら、日本の肝芽腫の治療をリードしてきた日本小児肝癌スタディグループ(JPLT)は、現時点では肝芽腫に対する移植ガイドラインはまだ作成していない。難治性肝芽腫に対する治療戦略の中にprospectiveに肝移植を取り入れ移植ガイドラインを提示しているのは、現在、SIOPELのみである。以下に、SIOPELの代表であるJack Plaschkes教授から私信として頂いたSIOPEL-4の肝移植ガイドラインを記す。

[指針]
1. 肝移植の適応となる可能性のある症例
以下に記した様な症例では全肝摘出・肝移植の適用を考慮すべきである。これにあたっては初診時および化学療法後に、画像診断によって切除可能かどうかを見極めることが重要である。肝移植が必要となる可能性が高いため、できるだけ早い時期、例えば治療開始時にでも、小児肝移植外科医にコンサルトすべきである。肝移植の最適な時期を逃さないためにも、術前化学療法の期間中は、外科医、放射線科医、およびoncologistとの間で密なコンタクトを取りつづける必要がある。また、手術に際しては、術式の最終決定ならびに移植の必要性に関し、肝臓外科医、移植外科医、放射線科医および小児oncologistの間で十分に討論されなければならない。
A. 巨大な単一病変のPRETEXT IV腫瘍(初診時肝4区域すべてに腫瘍がまたがり、これが精度の高い画像診断法で確認されたもの):術前化学療法によりいわゆる "down staging(病期が下がる現象)"が明らかに見られた場合(例えば正常肝区域の解剖学的境界が圧排されているだけで、実際には浸潤がなかった場合に起こる)を除き、一期的肝移植が最適の選択肢であると考えられる。
B. 多発性病変のPRETEXT IV腫瘍:たとえ化学療法に対する反応が良好で、腫瘍のdown stagingが起こったような症例(一区域もしくはそれ以上の区域において腫瘍病変が消失した場合)でも、画像ではとらえられない顕微鏡レベルの遺残腫瘍を含め全ての腫瘍組織を確実に全摘するためにも、全肝摘出および肝移植が推奨される。
C. 単一の中心性病変で、肝門部や主要肝静脈に浸潤のあるもの 〜PRETEXT IIまたはIIIのV+/P+腫瘍の一部がこれにあたる〜:これらの腫瘍はその局在のために、たとえ化学療法の効果が十分にみられたとしても肝部分切除で全摘できるようになる可能性は低いと考えられる。 初診時に門脈浸潤(P)または肝静脈・下大静脈浸潤(V)が見られる症例でも、それだけで肝移植の適応外とはならない。化学療法後にこれらの血管浸潤が依然として認められた場合でも肝移植の完全適応外と考えるべきではない。この様な症例はそのつど移植外科医や移植プロトコールのコーディネーターと検討するべきである。 いかなる状況においても、外科医が外科的切除の可能性につき否定的である場合は、一度本スタディーの小児肝移植外科医や移植コーディネーターに相談されることを強く薦める。

2. 肝移植の適応とならないもの
肝外病変が残存し、外科的にこれを摘出できない場合は肝移植療法の適応外となる。 術前化学療法に対する反応が不良である場合(stable diseaseおよびprogressionがこれにあたる)も肝移植の適応外となる。

3. 肝移植療法の時期
根治的手術ならびに肝移植を行う時期は、局所病巣を適切にコントロールする上で大変重要な要素である。最後の化学療法と肝移植との間隔は4週以上あけるべきでない。この期間にもし、脳死肝の提供が期待できるのであれば脳死肝移植のウェイティングリストに登録するべきである。それが不可能なら家族からの生体肝移植を考慮しなければならない。

4. 技術上の注意点
腫瘍の完全摘出を目指すために、小児の原発性肝腫瘍に対する全肝摘出の際には、肝背側の下大静脈を合併切除する必要があるとされている。脳死肝移植の場合は、移植片に肝背側の下大静脈を含めればよい。生体肝移植の場合、移植片に下大静脈を含めることはできないが、別の脳死ドナーから得られた総腸骨静脈グラフトを用いるか、同じドナーの内頸静脈を用いて再建を行う。ただし第一選択は患者の左内頸静脈か、外腸骨静脈を用いて下大静脈置換を行う方法である。この方法をとる場合、患者に低分子ヘパリンを投与し弾性ストッキングをはかせる必要がある。容易に硬化したり閉塞を来したりする他家静脈グラフトに比較し、自家静脈グラフトは優れている。一方、ゴアテックス(人工血管)は患者の成長とともに相対的に小さくなり、いずれ塞栓を来す。

5. 初診時肺転移をともなう患児に対する肝移植
現時点で得られるデータからは、初診時肺転移をともなう患児に対しても、肝移植は実現可能な選択肢の様である。しかし移植の時点で、全ての遠隔転移巣は、化学療法のみ、あるいは(遺残腫瘍に関しては)手術的摘出によって、消失していなければならない。肺転移巣の消失は、高精度の画像診断により確認されなければならない。

6. セカンドラインとしての肝移植
一期的肝移植療法(プライマリー肝移植)を受けた患者の累積生存率が、救護手段として肝移植(レスキュー肝移植)を行った場合よりはるかに良好であることから、不完全切除のリスクをおかしてまで肝部分切除にこだわることはさけるべきである。SIOPELの経験、あるいは各国での経験から、肝部分切除による腫瘍切除が肉眼的に不完全に終わった場合、あるいは肝部分切除後に肝内再発がみられた場合に、救護的に肝移植を行った場合の治療成績は悪く、その適応には賛否両論ある。加えて、脳死ドナーからの臓器提供が不足していることもあり、これらの症例は慎重に選ばなければならない。

[エビデンス] Otteらによる全世界的なレビューによると5)、プライマリー肝移植における移植後6年生存率は82%、レスキュー肝移植では30%であった。プライマリー肝移植の予後に影響を与えた因子は血管浸潤の有無のみであり、初診時肺転移の有無やドナー肝の種類、術後化学療法の有無などは予後に関係がなかった。摘出不能肝芽腫に対する肝移植の生存率が、プライマリー肝移植であれば、80%を上回るとうのは驚くべき成績であり、これは、SIOPEL-2のStandard Risk(摘出可能な肝3区域以下症例)肝芽腫の治療成績に匹敵する6)。また、悪性腫瘍でない肝不全症例に対する肝移植の成績と比較してもなんら遜色は無く、術後再発はプライマリー肝移植に限れば予想以上に少ない結果と言える。

[根拠となった臨床研究の問題点と限界] 上記のレビューは大変強いインパクトをもたらしたが、前方視的な臨床研究はこれからである。特に、多発性病変のPRETEXT IV腫瘍に対して術前化学療法でdown stagingが起きても肝移植が必要かは本邦では議論が分かれるだろう。この根拠になっているのは、術前化学療法でdown stagingが起きたものの、肝移植をしてみると、画像上病変が消えた部位に顕微鏡的に腫瘍細胞が確認されたという報告7)にある。しかし、この見解は、肝部分切除症例における顕微鏡的腫瘍遺残は予後に影響しないというSIOPELの従来からの主張に矛盾する。また、down stagingが起きた後で肝部分切除をした場合に、その後、残肝の画像上腫瘍が消えた部位から実際に再発が起きているのかの検討も不足している。

[本邦の患者に適応する際の注意点] 本邦では肝芽腫に対する明確な肝移植ガイドラインがないため、適応に関して混乱も見られる。たとえば、SIOPELは、「巨大な単一病変のPRETEXT IV腫瘍で化学療法でdown stagingが起こらない症例」を適応としつつも、そのような症例はほとんど存在しないとしている。JPLT-2でも単一病変のPRETEXT IVは全員生存しており、まず十分な化学療法が行なわれるべきである。十分な術前化学療法は真に移植が必要な症例を明らかにし、また、ミクロの肝外病変消失させる効果がある。肝移植に際し、何をもって摘出不能とするかは外科医の知識と経験により判断が分かれることもあり、resectabilityのcentral reviewが必要かもしれない。

[コメント] 以上の観点を踏まえ、本邦でもガイドライン作成が期待されるが、我が国における最大の問題点は、肝移植が肝芽腫に対して保険適応でないことと、脳死肝移植がほとんど行なわれておらずドナーを生体肝に頼っていることにある。このような状況下では、移植ガイドラインを提示すること自体に賛否がある。しかし、現実的にはJPLT-2登録(1999年〜2004年)の126例の肝芽腫のうち、6例が生体肝移植を受けている。今後も肝移植症例は増加することが予測され、家族に対する情報開示という意味においても世界標準たりえる指針の作成は必要に迫られると思われる。

[文献]
1.Living and deceased donor liver transplantation for unresectable hepatoblastoma at a single center. Mejia A, Langnas AN, Shaw BW, et al. Clin Transplant. 2005 19:721-5.

2. The current management of hepatoblastoma: a combination of chemotherapy, conventional resection, and liver transplantation. Tiao GM, Bobey N, Allen S, et al. J Pediatr. 2005 146:204-11.

3. Guidelines for surgical treatment of hepatoblastoma in the modern era-recommendations from the Childhood Liver Tumour Strategy Group of the International Society of Paediatric Oncology (SIOPEL). Czauderna P, Otte JB, Aronson DC, et al. Eur J Cancer. 2005 41:1031-6.

4. Living-donor liver transplantation for hepatoblastoma. Kasahara M, Ueda M, Haga H, et al. Am J Transplant. 2005 5:2229-35.

5. Liver transplantation for hepatoblastoma: results from the International Society of Pediatric Oncology (SIOP) study SIOPEL-1 and review of the world experience. Otte JB, Pritchard J, Aronson DC, et al. Pediatr Blood Cancer. 2004 42:74-83.

6. Liver transplantation for hepatoblastoma: indications and contraindications in the modern era. Otte JB, de Ville de Goyet J, Reding R. Pediatr Transplant. 2005 9:557-65.

7. Multifocal hepatoblastoma: is there a place for partial hepatectomy? Dall'Igna P, Cecchetto G, Toffolutti T, et al. Med Pediatr Oncol. 2003 4:113-6 13