手術総論
手術総論を語れる小児外科医なんて日本で数人しかいないのかも知れませんが、僕の考えを述べてみましょう。
手術とは、「開く」ことと「切る」ことです。この2つにつきます。
「開く」とは、すなわち局所を展開することで、もちろん解剖が完璧に頭に入ってなければいけません。どんな手術でも目に見えなければ手術は不可能です。十分な解剖知識を基礎とするなら、どういう視野を作れば手術が容易になるかを考えるのが応用ということになります。洞窟のような狭い術野での細かい吻合技術を誇る外科医は、クレバーな外科医とは言えません。手術は局所を開いてから始まるのです。始まりが同時に終わりになる手術がイレウスの手術です。イレウスの手術はバンド1本を切って終わりになるものから、Short Gutにしようと思ってもそれすら出来ない強固な癒着の症例までさまざまです。局所展開の究極の手術がイレウスの手術ということになります。
「切る」とは文字通り、切ることです。しかし、切る対象には3種類があります。血管が無い場所と、毛細血管がある場所と、太い血管がある場所です。血管が無い場所ははさみで切るべきです。毛細血管がある場所は電気メスで焼き切れば良いのです。太い血管がある場所は縛ってから切るべきです。この当たり前のことが若い外科医にはなかなかできません。つまり、この3つの区別を厳密にやらないでほとんどを電気メスで進んで行ってしまうんですね。一番、できないのがはさみで切るという手技です。はさみで剥離してはさみで切って進んで行けば手術のスピードは格段にあがります。要は、自分が今、切ろうとしてるのは3種類の中のうちのどれなのかを神経を集中して毎回毎回考えることです。考えなければ手術は上達しません。手術は手でやるんじゃありません。頭でやるんです。
吻合の話しをしてませんね。手術とは吻合だ、との意見もあることは承知していますが、吻合に上手い下手はあまり無いように思えます。問題は吻合に至るまでの準備ですね。緊張が無く、軸のそろった状態を作れば腸でも胆管でも尿管でも気管支でも吻合は容易です。吻合するまでが勝負なのです。
僕は研修医のころに高橋名誉教授に「子どもの手術は1分でも1秒でも早く腹を閉じろ」と教育されました。その後、ずっと小児外科の手術とはそういうものだと思っていましたが、ある時ある先生から「終わりそうの無い手術は徹夜でやればいい」と諭されて、何か憑き物が落ちた気がしました。どちらのご意見も真理なのでしょう。僕の手術は、血管の無いところは逡巡せず一直線に切っていきますが、手術時間を1秒、縮めることには何の意義も見出しません。
若い先生は「手術とは何だ?」みたいなことはあまり考えたり議論したりしないかもしれませんが、糸結びの練習だけが手術上達の道ではありません。外科学とは適応の科学であり、手術は実践する哲学です。