鎖肛

僕が研修医だった昭和62年当時、研修医1年生は高橋(当時)教授の外来診察について教授の診察を見学・勉強させていただきました。今ではとても考えられませんが、その当時は医局員の数も多く、そんな余裕もあったのでしょう。研修医が教授診察につく名目は、たしか診察室と処置室(こっちに看護婦がいる)との連絡係りだったと思いますが、僕にとっては絶好の勉強の場でした。
高橋教授の外来で鮮明に記憶に残っているのは、術後十分な排便機能が得られない鎖肛の患者さんたちのことです。もちろん、みんなでは無いのですが、中間位のごく一部と高位の多くの患者さんは満足できる機能が得られず(便の汚染、失禁ですね)、あからさまに不平感を表に出す患者さんもいました。Stephensの手術には助手として何度も入りましたが、自分の学年が上がって術者になった時には、手術はPenaに変わっていました。Penaの手術は革命でした。術後排便機能は飛躍的に向上しました。
Stephensの解剖学は、2つのリングで説明されます。上のリングが恥骨直腸筋、下のリングが外肛門括約筋です。手術をイメージで表現すれば、お箸を使って下のリング、上のリングの順にわっかをくぐらせて直腸盲端をつかみ、これを引きおろすというものです。
一方、Penaは恥骨直腸筋の存在を認めていません。しかし、Penaの解剖を分かりやすく表現すれば、上のリングが恥骨直腸筋、下のリングが外肛門括約筋で両者の間には垂直に走る筋肉があって筒を形成し、お寿司の太巻きの形になっているということになります。具はもちろん直腸です。手術は、海苔を縦に切開し酢飯を縦に切開して、太巻きの中をきれいに広げます。そして、直腸を引きおろして具の位置におき、ご飯と海苔できれいに巻く訳です。
さて、手術のコツはこの太巻きを縦に割る作業です。もののたとえで太巻きと言いましたが、実際のVertical Fiberは厚さ数mmです。これを神経刺激装置を使いながら左右均等に精確に割って行くのです。初手術ではおそらくこのVertical Fiber自体が見えないでしょう。何例も何例の先輩の手術を見てどれがVertical Fiberなのかを自分の目で同定できる眼力をつけておくことが必要です。