急性虫垂炎
色々な意味でもっともトラブルの多い疾患です。
手術の話しとは離れますが、とにかく診断が難しい。診断をめぐる患者家族と医者のトラブルは絶えません。患者さんからすると、虫垂炎=盲腸とは簡単な病気の代名詞ですから、この診断が遅れて腹膜炎になっていたりすると、患者家族は医療不信になります。小児外科医は、医療不信の状態で来院した患者さんの治療を行うこともたびたびです。
なお悪いことに穿孔性虫垂炎では大変、術後合併症が多い。これが事態をさらにややこしくします。千葉大小児外科では腹膜炎を伴った虫垂炎では、術後創感染が50%近くの高率に見られていた時期が長く続きました。この頃の閉創は吸収糸を使った二層のラフ・ナートでした。感染創に異物をたくさん残さないという考え方から来たものでしたが、途中で方針を変更しました。腹膜を連続縫合で完全に密封して三層に閉じるようにしたのです。これは効果がありました。慶応大学の小児外科の先生に聞いたところ、四層でも五層でもとにかく死腔を作らないのが大事だと言っていました。慶応では術後創感染は非常に少ないのだそうです。
さらに最近はウンド・リトラクターを使って創縁を完全に膿性腹水から守りますから、創感染はさらに減りました。ただ、この方法の問題点は医療費(材料費)がかかること、ラフな操作でも創感染が起きないので手術が上手にならないということが言えます。
研修医のころ先輩の先生方にみっちりと叩き込まれたのは、虫垂間膜を把持したペアンを左手で垂直に牽引し、術中は微動だにさせないということです。虫垂が斜めに傾くと先輩の先生の叱責が周囲からも飛んできたものです。若い先生がウンド・リトラクターを使って手術し、虫垂を創縁にくっつけまくっている姿を見ると、注意して良いのやら、その必要はないのやら、何とも複雑な気持ちになります。僕がこれまでに経験した術後創感染の数を、若い先生たちが越えることは今後絶対に無いでしょう。
高橋名誉教授は若い頃、つまり小児外科を始める前ですが、大人の虫垂炎を手術するときに、メスを垂直に立てて、その傷の大きさで虫垂切除をしたそうです。もちろん、時代が違います。これらはすべてカタル性虫垂炎でしょう。高橋先生は我々医局員に大きく皮膚切開することの重要性を繰り返し教育していました。
そして、時代は巡り、現在ではかなり多くの施設が虫垂切除に腹腔鏡手術を取り入れており、手術創はまた小さくなっています。しかし、元々虫垂切除の手術創は上から下まで切開するような大きなものでもありません。腹腔鏡手術の利点はそういった点にあるのではないような気もします。