JPLTのあゆみ
小児肝癌はその発生数が少なく、全国で年間30〜40例、一施設当り1〜2例にすぎない。従って、本症の治療成績向上にはグループスタディによる研究が必須であるとの観点から、1989年6月、これに強い関心を持つ数名の小児外科医により発起人会が持たれ、スタディグループ発足の準備が進められた。その間、SIOPのグループスタディより日本の参加の要請があり、これについても検討が重ねられた。しかし、日本独自のプロトコールにより行うべきとの意見で一致し、1991年JPLT(代表世話人:内野純一)がスタートした。
グループスタディの治療成績は毎年集計され、学会および学会誌等で報告された。1991年から1995年12月までの集計では103例の悪性肝腫瘍が登録され、うち95例が肝芽腫であった。検索適格症例は74例で各stage別の2年生存率は、Ⅰ:100%、Ⅱ:95.5%、ⅢA:88.5%、ⅢB:58.3%、Ⅳ:55.6%であった。全体の2年生存率は81%でSIOPELの79%、CCGの71%と比較しても勝るとも劣らない治療成績であった。しかし、その治療内容の分析から
1)T1、T2はいずれも切除されれば治癒率ほぼ100%であり、91A1、91A2はほぼ満足できるプロトコールである。しかし、動注例の症例が少なく、腫瘍縮小効果の結論が出ていない。
2)91B1、91B2に反応する例の2年生存率は約90%と良好なので、現在の治療プロトコールを変える必要はない。91B1、91B2とも生存率に差はないが91B1の登録が少ない。
3)層別例が少ない。理由は家族への説明が難しく、動注の準備に手間がかかり、早く治療を開始したいとの要望に逆行するためである。
4)腫瘍遺残や摘出術不能例、肺転移例が難治例である。
これらの成果より、プロトコールの改訂がせまられることになり1996年12月JPLT世話人・幹事会で検討され以下の点が変更された。
1)91Aはこのままとする。術前動注療法は、血管造影時に行われることが多いのでこのままのプロトコールを続ける。現在、生存率100%であることにより、将来は化学療法を軽減することがあり得る。
2)91Bは静注化学療法群のみとする。動注化学療法群は参考群とする。
3)再発例、91A、91B無効例、成人例は各施設の治療プロトコールにより治療する。後日その効果について検討する。
などの点であった。
1998年4月よりJPLTの代表世話人(大沼直躬)の変更に伴い、1996年の改訂点をふまえ、治療プロトコールの改訂にとりかかった。また、1999年3月18日から20日まで、スイスの主都ベルンにおいて、SIOP Liver Tumor Study
Group 主催の第二回小児肝癌国際会議が開かれ、SIOP, CCG, POG, Intergroup
(USA), ドイツ、ノルウェイ、ポーランドの各代表が討論を行った。JPLT からも松永がこれに参加し、以下の問題点が明らかになった。
1)欧米、特にSIOP では、小児外科医のみならず、oncologist、病理医、放射線科医が結集し、足りない面は成人の肝臓外科医を招き、非常に精力的に取り組んでいる。その中心は oncologist であり、外科医の主な役割は肝切除と肝移植の適応の討議である。
2)これに対して JPLT の主体は小児外科医であり、動注療法を特色とした日本のプロトコールは外科医の発想からなっている。その結果は注目されていた可能性はあるが、現実的には日本においてすら広く行われることはなく、結果として世界に対してインパクトを持つことはなかった。
3)JPLT の治療プロトコールは、静注療法に関しては、採用し易い簡潔なものであるが、その反面、切除可能に至らない(最も大事な点)症例に対し、具体的な手順を示しておらず、治療のデザイン、研究目的が欧米に比べ不明確である。
4)JPLT の優れている点は、切除可能な T1, T2 症例(二区域までの腫瘍)に対し、欧米のほぼ半分の量の抗癌剤でほぼ同等の100%近い生存率を得ていることである。ただし、T3 症例(三区域の腫瘍)を切除不能または困難とする分類の仕方は(特に英語で
Unresectable と分類上表記した時)、誤解を与える可能性が高い。
5)成人肝癌に対する日本の治療方法は、世界に対して大きく貢献している。成人肝癌の手術適応の決定法、TACE (Trans-Arterial Chemo Embolization)、PEIT
(Percutaneous Ethanol Injection Therapy) などの治療方法についても紹介があり、CCG においてはすでに TACE によるtrial study が開始されている。また、日本の一部の施設が行っている小児肝癌に対する造血幹細胞移植についても触れられていた。
6)小児肝癌に対する基礎的研究は局所的、散発的であり、優れた研究もあるが (b-catenin 遺伝子の高率な変異など)、臨床に直結したものはいまだ無く、また、腫瘍材料が少ないことが研究の遅れとなっている。
今回、プロトコールの改変にあたり、1991年から1997年までの登録症例(1年以上経過観察)を解析したところ、以下の症例が治癒困難であり、それに応じた新たな治療プログラムが必要であると考えられた。
1)Stage IIIB における完全切除率は55.0%にとどまっており、手術不能例においては、腫瘍なしで生存している例が存在しない。従って、初期の化学療法に反応しない症例は積極的に他の Salvage therapy に移行していくべきであり、新プロトコールではこの具体的治療法を示す必要が有る。
2)Stage, IIIA, IIIB の症例で、治療経過中に転移を来した症例は、極めて予後が不良であり、通常の化学療法では治癒に結び付けることは困難と思われた。従って、再発転移症例に対しては、新たな化学療法の導入、転移巣の切除、術後の造血幹細胞移植 (SCT) 併用化学療法を含めた治療法の呈示が必要と考えられた。
3)Stage IV 症例の無病生存率は30%弱であり、欧米の成績と同様に不良である。従って、治療成績の向上のためには、Stage IV症例には造血幹細胞移植併用の超大量化学療法が必要と考えられた。
以上の結果を踏まえ、日本国内の小児肝癌の子ども達の治療成績の向上をはかり、患児の健康と福祉に貢献することと共に、世界の小児肝癌治療に貢献できるように、組織の一部改編と大胆な治療プロトコールの改訂に踏み切った。
JPLTの目的
小児肝癌は、完全切除なくして完治は望めない。転移のない症例に関しては、抗癌剤の使用は、完全切除を達成するための一手段とさえ言える。理論的には、三区域までの腫瘍は切除可能であるが、現実的には、占拠部位が広がるほど不完全切除に終わる可能性が増加する。遺残腫瘍に対する化学療法は、全体の治療計画を立てるのが難しく、腫瘍マーカー(AFP)があっても、治療の終了の決定に迷うことになる。その一方で、すべての症例に術前化学療法を行う SIOP の方法に関しては、同意できない意見も多いと思われる。そこで、確実に完全切除が期待される症例にのみ Initial Primary Surgery を行い、他の症例に対しては、いわゆる「切除可能」であっても化学療法を優先させ、手術の安全性と完全切除率を高めるべきである。
この目的で、術前の腫瘍の占拠の分類を、従来の日本の T 因子による「何区域を腫瘍が占拠しているか」から、SIOP の提唱する Pre-Treatment Extent of Disease (PRETEXT) 分類(→10-1を参照)による「何区域が連続して腫瘍が存在していないか」に変更する。本分類は、外科的切除の困難さに応じた分類である。例えば、中央二区域を占める腫瘍は、日本分類の T 因子は2となり、これまで「切除可能群」に分類されていた。しかし、PRETEXT にあてはめると、この場合、連続して腫瘍のない区域がないため、III に分類されることになり、術前に化学療法を行う合理性が正当化される。この分類に従い、PRETEXT-I (三区域が連続して腫瘍なし)に対して、 Initial
Primary Surgery を行い、PRETEXT-II (二区域が連続して腫瘍なし)に対して、回数を限定した術前化学療法を行い、PRETEXT-III または IV (二区域連続して腫瘍のない区域なし、または、腫瘍のない区域なし)に対しては、完全切除が見込まれるまで、「評価と化学療法の選択」を繰り返す術前反復化学療法を施行することとした。また、遠隔転移症例、肝外腫瘍進展例に対しても術前反復化学療法を施行し、とくに遠隔転移症例に対しては原則として造血幹細胞移植併用の超大量化学療法を行うこととした。また、完全寛解に至らない治療抵抗例と再発例に対しても造血幹細胞移植併用化学療法も考慮した治療を行うこととした。
化学療法は、これまでの JPLT のスタディで確実な効果を示してきたシスプラチンと THP-アドリアマイシンの2剤による静脈内投与を基本とする。JPLT では、 91A1 や 91B2
などの名称を使用してきたが、これは化学療法のコースの名称であり、化学療法の種類と量を示す(神経芽腫における
A1 や C プロトコールなどに相当する)名称は付けられていなかった。今回の改訂にあたり、91A コースで使用されていた low dose のシスプラチンと THP-アドリアマイシンの組み合わせを low - CITA(シスの CI とTHP-Adria のTA を組み合わせ CITA、シータと呼称)とし、91B コースで使用されていた high dose のシスプラチンと THP-アドリアマイシンの組み合わせを CITA と名付けた。
本研究では、留置カテーテルを用いた動注療法は行わないが、 TACE (Trans-Arterial Chemo Embolization) を治療プログラムに取り入れた。 TACE は日本で広く行われ、発達してきた技術であり、その治療効果の総括は JPLT に求められる仕事のひとつであると考えた。リピオドールを用いたTACE は、ゲルフォームを用いた方法と比べ、肝動脈血流を遮断する作用は弱いが、腫瘍血管内に抗癌剤を長期に留めることで、少ない投与量で最大効果をあげることができる。用語に関しては混乱もあるが、ここでは TACE に統一する。欠点としては、抗癌剤の副作用が少ないかわりに、動注手技による合併症が存在し得ることであり、本手技に熟練した医師のみが行うべきである。従って、プロトコールは、TACE を行わないアームも当然用意されており、「同じ抗癌剤を経静脈的か経動脈的か」というデザインにはなっていない。薬剤は、当初、シスプラチンと THP-アドリアマイシンの二剤をリピオドールに懸濁する方法を検討したが、粉末状のシスプラチンは入手困難であるため、リピオドールに懸濁するのは、 THP-アドリアマイシンのみとした。また、シスプラチンは 1mg あたりの容量が大きいため one shot 動注には不適格であり、 1mg あたりの容量が少ないカルボプラチンを使用することとした。すなわち、まず、カルボプラチンを one shot でゆっくり動注し、その後に、リピオドールに懸濁した THP-アドリアマイシンを動注することになる(頭文字をとり、CATA-L、キャタエルと呼称)。TACE は、PRETEXT-II症例に対しては術前治療として1回限定で、また、PRETEXT-III・IV症例に対しては治療に反応する間は切除可能となるまで、反復して行われる。
切除可能に至らない腫瘍に対する Salvage Therapy として、イフォマイド、カルボプラチン、VP-16、THP-アドリアマイシンの4剤によるプロトコール(ITEC、アイテックと呼称)を治療プログラムに組み込んだ。これらは、現在、欧米のグループスタディで 2nd line として使用されている薬剤の組み合わせである。
完全切除が行われ、CR となった際は、プロトコールに従い、化学療法を定められた術後回数を施行した後、必ず終了する。これによりグループスタディとしての結論が導かれることになる。
病理診断は、Central Review 方式を原則とする。これにより、小児腫瘍病理学の専門医が存在しない施設でも、等しく病理学的情報を得ることができ、各施設は共通の病理学的理解に立って治療を行うことができる。また、中央に集められた多数の検体を解析することで、新たな科学的展開が開かれる可能性もある。
Tissue Bank という形で、各症例の腫瘍組織と正常組織を中央管理に置くという考え方に、是非とも御理解を頂きたい。将来、「神経芽腫における N-myc 遺伝子の増幅」に相当するような研究につながることが理想であるが、そのためには、不断の地道な努力が必要である。臨床医の貢献がない限り、臨床に利益をもたらす科学の発展はありえないことは、これまでの小児癌の研究から明らかである。
代表世話人:大沼直躬(千葉大学小児外科)
スタディーコーディネーター:松永 正訓(千葉大学小児外科)
世話人
安藤久実(名古屋大学小児外科)
池田 均 (獨協大学越谷病院)
金子 道夫(筑波大学小児外科)
小林 庸次(
近藤 知史(
佐々木 文章(北海道大学第一外科)
水田 祥代(九州大学小児外科)
辻井 博彦(放射線医学総合研究所)
土田 嘉昭(群馬県立小児医療センター)
恒吉 正澄(九州大学形態機能病理学)
豊坂 昭弘(兵庫医科大学第一外科)
中川原 章(千葉県がんセンター生化学部)
中畑 龍俊(京都大学小児科)
橋都 浩平(東京大学小児外科)
秦 温信(札幌社会保険総合病院外科)
林 奐(都立清瀬小児病院外科)
林 富(東北大学小児外科)
檜山 英三(広島大学総合診療部)
福澤 正洋(大阪大学小児外科)
細谷亮太(聖路加国際病院小児科)
堀江 弘(千葉県こども病院病理)
本名 敏郎(国立成育医療センター外科)
麦島秀雄(日本大学細胞再生・移植医学講座)
森川康英(慶應大学外科)
島 正之(千葉大学公衆衛生)
監事
中田幸之介(聖マリアンナ医大小児外科)
高松英夫(鹿児島大学小児外科)